"I have a dream" キング牧師のスピーチはなぜ人の心を打つのか
時代や境遇が全く違うのに、このスピーチは、なぜこれほどまでに人々の心を打つのだろうか。
1963年8月28日、ワシントンDCのリンカーン巨石像の前に25万人もの人が集まりました。
黒人に対する人種差別撤廃を求める、史上最大級のデモです。
その中心にいたのは、34歳の若き牧師、マーティン・ルーサー・キング・Jr。
後に"I have a dream"と呼ばれるその伝説のスピーチは、史上最高の演説のひとつに数えられます。
http://www.fuchu.or.jp/~okiomoya/i%20have%20a%20dream.htm (スピーチの原文と和訳と動画:もやさんのHPより)
このスピーチがなぜこれほどまでに人の心に響くのか?
その謎を解き明かすために、スピーチの特徴と構造を分析してみました。
崇高なテーマと明確なビジョン
このデモは「黒人が白人社会に対し怒りをぶつける」という単純なものだったのでしょうか。
違います。参加者の1/4は白人であったことからも、人間にとって普遍的な求心力があったことが明らかです。
では、なぜこれほど人の心を掴むのか、その主要な原因を考えてみました。
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- 「自由、平等、尊厳」といった、人間にとって普遍的なテーマについて訴えている。
- 憎しみを煽ることなく、白人をも「兄弟」と呼び、友愛を主軸としている。
- 崇高なる非暴力を訴えながらも、暴力や差別に対しては一切妥協せず、最後まで精神の力で闘い抜くという勇気と覚悟。
- 本気で自分達の力で国の未来を変える、という決意と自信にあふれている。
- 将来のビジョンをイメージとして明確に聴衆に見せる表現力。
たとえば、『私には夢がある。いつの日かジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫たちとかつての奴隷所有者の子孫が同胞として同じテーブルにつくことができるという夢です。』というフレーズ。
感動的な、すがすがしい風景がくっきりと目に浮かびます。
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スピーチには際立った特徴がある
このスピーチには、いくつかの際立った特徴が見られます。すなわち聴衆を引き込む独特なテクニックです。
その多くは、聖書の文体に見られる特徴や、キリスト教会での牧師の演説にみられる特徴を受け継いでおり、牧師という職業ならではの鍛え上げられたスキルであると言えます。
1.繰り返しのフレーズで畳みかける。
ここぞ、という所で似たフレーズを繰り返し畳みかけることで聴衆の心を揺さぶります。
繰り返しパートは7箇所もあります。
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- "One hundred years later, the Negro is still 〜"(100年の後、依然として黒人達は〜である)
- "Now is the time to 〜" (今こそ〜する時です)
- "We can never be satisfied as long as 〜."(〜しないかぎり、私たちは絶対に満足することはありません。)
- "Go back to 〜."(〜に帰ろう。)
- "I have a dream that 〜!" (私には、〜という夢がある!)
- "With this faith we will be able to 〜"(この信念をもってすれば、我々は〜できる)
- "Let freedom ring from 〜!" (〜から自由の鐘を打ち鳴らそう!)
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2.直接的な単語を避け、遠回しで詩的な表現を多用する。
たとえば、このスピーチでは「人種差別( discrimination)」は最も重要な単語のはずですが、なんと、全スピーチ中で一回しか出てきません。
いろいろな言い回しで「人種差別」を表現しています。たとえば、
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- 『燃えさかる不正義の炎』
- 『自分たちの国の中で島流しにされている』
- 『隔離され暗く荒涼とした谷』
- 『人種的な不正義の泥沼』
- 『不正義と抑圧の炎熱に焼かれる』
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3.具体例は挙げず、抽象的で詩的な表現を使う。
たとえば、『私の友人の娘さんが、先日、ホテルの宿泊を拒否されて悲しい思いをしました』
といったような、具体的な例をひとつも挙げていません。
具体例で聴衆を飽きさせないようにするのは上手いスピーチの方法と言われますが、キング牧師は逆に抽象的で詩的な表現を多くつかいます。
スピーチの構造を分析
わずか16分ほどのスピーチの中で、ジェットコースターのようにテンションが上下して聴衆を引き込みます。
ここでは、そのスピーチの構造を分析します。
スピーチ構造の概要
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- 序盤は、ユーモアを交えながら格調の高い話し方でとても静かに知的に話しはじめる。
- 中盤はやや具体的な内容になり、声もややヒートアップしてくる。
- 終盤は、簡単な単語だけで感情に強く訴える繰り返しフレーズ(I have a dream)を絶叫するように連呼して聴衆の魂をゆさぶる。
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構造を細かく分解する
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- 挨拶: 「今日、このような歴史的なデモにみなさんと参加することができて嬉しく思います」と、ありきたりな挨拶から静かに始まる。
- 導入: リンカーンが奴隷解放宣言してから100年たったのに、未だに黒人達は人種差別により苦しんでいると訴える。誰でも合意できることを指摘し、序盤から聴衆に拒絶されないようにしているのだろう。(「100年の後〜」を4回繰り返し。)
- ユーモア: アメリカ建国者が憲法と独立宣言の中で約束した「生命、自由および幸福追求」が黒人に対して履行されていないということは、アメリカは黒人達に借りがあるということを、「約束手形」や「小切手」と金融にたとえてユーモラスに表現。ユニークな見方を示すことで聴衆の興味を引き寄せる。
- 緊急性: 緊急な変革が必要であることを訴える。(Now is the time を4回くりかえし)
- 重要度: 変革されない限り、アメリカに平穏は訪れないと、反対勢力に対して攻撃的な言葉を放つ。それと同時に変革の重要度を高めることで、この先のセクションで困難な提案をすることに先がけて、心構えをさせる。
- 非暴力: 非暴力を貫くことの必要性と、崇高性を繰り返し強く訴える。また、白人の中にも理解者がいるので、すべての白人を恨んではいけないとたしなめる。
- 決意: 目的を達するまで、絶対に満足しないことを強調。(〜しないかぎり、私たちは絶対に満足しない!を6回くりかえし)
- 同情: 聴衆の一人ひとりの苦難と努力に対し、暖かい同情のことばを投げかける。(『〜に戻ろう』を6回くりかえし。)徐々に声が力強くなり、唄うようなリズムになってくる。
- 夢: ここからは台本を見ずに「いつも日か・・」と抽象的な表現で美しい夢を唄うように語り、声色はさらに力強さを増す。そして、『私には夢がある!』を7回くりかえし、一気にクライマックスへ。
- 信念: 信念のチカラで必ず達成できると断言。このあたりからはさらに精神主義というか、神がかってくる。(『この信念をもってすれば』を4回くりかえし)
- 発信: 聴衆にとって重要なあらゆる場所から自由獲得のための活動を開始するよう訴える。(高らかに『自由の鐘を打ち鳴らそう!』と11回くりかえし)
- 自由: 最高のビジョンと言えるフレーズを最後に連呼する。「全ての人が、あの歌を唄える日がやってくるのだ。『ついに我々は自由になったのだ!』」興奮が最高潮となり終結する。
最後に
ここまで、このキング牧師のスピーチの特徴やテクニックについて分析してきましたが、結局はこの人の生き方や魂といったものがスピーチに反映されて、人々を感動させてきたのだと思います。
ただ、世の中には素晴らしい生き方をしても表現する機会がなく人々の記憶から忘れられてしまう人が星の数ほど居る中で、キング牧師のような弁論の達人や作家らは、自分の思いや魂を音や文字にして巧みに伝えることで、意図したかにかかわらず歴史にその言葉を刻みつけてきました。
上記の方法をただマネすることには何の意味もありませんが、もし自分が何かを表現したいときや訴えたいときには、先人の技から学ぶべきことは多いと思います。
謝辞
このページで紹介した和訳の多くは、「もやさん」という方が主催する以下のサイトから転用させていただきました。どうも有り難うございました。ただし、必要に応じて私が独自の和訳を記載した部分もありますのでご理解ねがいます。
http://www.fuchu.or.jp/~okiomoya/i%20have%20a%20dream.htm
そして、ちょっと長い文章でしたが、ここまで読んでくださった方、どうも有り難うございました。
私なりの解釈や分析をしましたが、キング牧師のスピーチの内容に関する解釈は人それぞれだと思います。
もし間違いを発見された場合や、異なる解釈をお持ちの方はコメントいただければ幸いです。
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